写真提供/飼い主さん
昔あるところに、おじいさんが住んでいました。
おじいさんは、数カ月前に迷い込んできた柴犬・シバ男をとてもかわいがっていました。
ある日の散歩中、シバ男が突然、「ここ掘れワンワン」と言い出しました。
そこを掘ると、大判小判がザックザク。
おじいさんは大喜びでお金を拾い集めました。
家に向かう途中、シバ男は交番の前で立ち止まりました。
でもおじいさんは、足を止めようとしません。
「もしもし、おじいさん。交番に着きましたよ」
シバ男が声をかけても、おじいさんは聞こえないふりをします。
仕方がないので、シバ男はその場で足を踏ん張りました。
おじいさんはやっと立ち止まり、ため息をつきました。
「シバ男や、こんなところで拒否柴を発動しないでおくれ」
シバ男は、すかさず言い返しました。
「飼い主さん、それはおかしい。
今は立ち止まるべきときです。
それを拒否しているのは、飼い主さんのほうでしょう。
こんな場面で、ぼくを拒否柴扱いするのは不当です。
正確に言うなら、飼い主さんが拒否じじいなのですよ」
シバ男のもっともな理屈に、おじいさんは感心してうなずきました。
シバ男は、さらに続けます。
「飼い主さん、あなたは今、パンツの両ポケットと
本来ならぼくの排泄物を入れるべきワンコ用お散歩バッグの中に、
大量の大判小判を詰め込んでいる。
それは、拾得物として警察に届けるべきものですよね。
黙ってネコババするなんて、泥棒のすることです。
大切な飼い主さんを犯罪者にしたくない。
だからぼくは、交番の前でこうして立ち止まっています」
シバ男の話を聞きながら、おじいさんは交番の前に立っているおまわりさんの様子をチラチラとうかがいました。
帽子を目深にかぶっているのでよくわからないけれど、おまわりさんも横目でこちらを見ているようです。
それも当然でしょう。
いかにも正直そうな柴犬の口から、「小判」「拾得物」「ネコババ」「泥棒」「犯罪者」なんて言葉が飛び出したのですから。
小心者のおじいさんは、しぶしぶ大判小判を拾得物として届け出ました。
交番での手続きを終えて帰る途中、おじいさんは、近所に立派な一戸建てが完成しているのに気づきました。
地上3階建てで、ガレージには2台の外車。
庭先には貴族的な顔立ちのボルゾイが寝そべり、
優雅な仕草でおなかをボリボリかいています。
「おや、シバ男。このお宅は、ずいぶん立派になったねえ。
前はごく普通の家だったような気がするけれど」
シバ男は豪邸をチラリと見上げ、軽くうなずきました。
「ええ、佐藤さんのお宅ですよね」
「うん、たしかに表札には佐藤とあるけれど。
どうして知っているんだい?」
「だって、前の飼い主さんですから」
「え? 本当かい?」
「はい。でも、心配しないでください。
ぼくはちゃんと話し合ったうえで佐藤さんとお別れしていますから、
飼い主さんが窃盗の罪に問われることはありません」
シバ男は鼻をスンと鳴らすと、もう一度佐藤邸を見上げ、満足そうに微笑みました。
「ああ、立派な家が建ちましたね。お役に立ててよかった」
「役に立てた? シバ男や、それはどういう意味だい?」
シバ男は立ち止まり、不思議そうに答えました。
「決まってるじゃないですか。
佐藤さんに、大判小判が埋まっている場所を教えてあげたんですよ。
あのときのお金で、このぐらいの家なら
あと4~5軒建てられるんじゃないかな」
「シバ男、ちょっとお待ち。
おまえは、佐藤さんには交番に届けるように言わなかったのかい?」
シバ男は、あきれたようにため息をつきました。
「もちろん、言いましたよ。
佐藤さんが聞かなかっただけです。
いい判断ですよね」
動けずにいるおじいさんに、シバ男はやさしく言いました。
「飼い主さん。
あなたにも、年相応の判断力があればねえ……」
おじいさんを慰めるように振ったシバ男のしっぽのあたりから
抜け毛が1房舞い上がり、枯れた街路樹の枝の上に落ちました。
早春のそよ風に揺れる柴犬の白いアンダーコートは、
はかなげな1輪の花のように見えましたとさ。
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